経営学と実務(1)~経営学と「人間学」~

「経営学と実務」というタイトルで4回の連載をさせていただく。予定している各回のテーマは、①経営理念、②イノベーション・特許・製品開発、③財務、④経営学の歴史と潮流、である。

なお、このシリーズでこれから述べていく内容は、電通国際情報サービスが提供している、「VCF財務経営力診断サービス」を構築するときのベースの考えにもなっていることについて付言しておく。そのいきさつは「②イノベーション・特許・製品開発」で詳しく触れられる。

 

第1回のテーマは経営理念の重要性であるが、タイトルを「経営学と『人間学』」とした。

 

思い切った主張

人間がまともであって、世のありとあらゆる営みは成功する。人間が歪(ゆが)んでいる場合は、どんなに技術的卓越性、金銭的余裕があっても、いずれ失敗する――歪みのない人間はいないけれども、程度問題ということで話を進めさせていただきたい――。実も蓋もないようだが、これが人生と世界の実相で、この部分に目をつぶってなされる世のどんな営みもうまくいかない。

企業経営においてもことは同様で、この事実が、私が経営学の研究と教育の領域で「人間学」を強調する所以だ。

こういう論調ばかりでも困ろうが、こういう論調がなければ、知識や技術一辺倒の世界になって、世界から本質が蒸発し、最後には何が何だかわからなくなってしまう。2008年のリーマンショック以降の、世界の金融業界の動きなどはその良い例だろう。

だから、人間形成が先で、技術や知識の習得の前に、あるいはそれと併行しての「人間学」の習得がなければ、実際上の成功はおぼつかない。こんなことは、世の経験を積めば少しはわかってくるのだが、なかなか言葉にできないし、形にできないというのが実状だ。

 

「理論」と「事例」と「データ」

ところで、「人間学」という要素は、経営の実務の世界では教育と経営理念に集約的に現われる。どちらが先かと言えば、経験的には理念が先だ。経営者の「思い」が先にあって、教育の「実(じつ)」がついてくる。経営者における「人間学」は戦略や管理という技術的要因にも増して、経営の成否の鍵を握る。

このような主張を聞いて、経営者もビジネスマンも大方は「まぁ、そうだろうな」と反応するのだが、「本当にそうか?」とダメ押しをされると、自信がなくなる。その理由は、こうした主張を裏付けてくれる根拠を持たないからだ。「主張を裏付ける根拠」には三つある。「理論」と「事例」と「データ」だ。「理論」とは主張を説得的に理解させる道理や論理、「事例」とは主張のモデルケースとしての具体的人物・企業の成功例、「データ」とは主張を納得させるに足る量と質の統計的な調査結果だ。

このような主張に関して、「理論」は少ないけれどもないわけではない。「事例」は理念型の成功経営者のケースがあり、自伝や伝記等、多数の本にもなっている。ただ、説得できる「データ」がほとんどない。

結果的な話なのだが、そこを埋める研究をした。2002年の産学連携(産は株式会社TKC)の研究のことで、結果は学会での報告と学術誌への掲載と2冊の本にまとめた。『収益結晶化理論~「TKC経営指標」における「優良企業」の研究~』(2003年)、『理念が独自性を生む』(2004年、いずれもダイヤモンド社)。蛇足ながらどちらもよく売れた。前者は2万部、後者は1万5千部、いずれも奇跡的だ(笑)。前者は週刊ダイヤモンドが毎年、発表している「経済書ベスト30」(2003年)の25位にランクインした。

「古い話を!」と思われるだろうが、そうではない。その後、毎年のように経済誌がインタビューに来て、記事にする。それは、「人間学」と利益には高い相関度があるとの興味深い事実が、納得できるデータで裏付けられているからで、しかも、そうした研究がその後もほとんど存在しないからだ。

 

「人間学」と利益には強い相関関係がある

さて、ようやく話の核心に入れる。経営の世界で「人間学」が象徴的に表現されるのが経営理念の領域である。ここで三つのデータを示している。図表1では経営理念と利益の相関度が読み取れる。図表2では事業規模や利益と経営理念の保有割合が比例的な関係にあることがわかる。図表3は経営理念の形成時期と利益の関係である。

このデータは2002年に行なったアンケートの結果(92の質問項目)と財務情報を結びつけたものである。母集団は『TKC経営指標』を構成する23万社の中小企業の中で「優良企業」として分類された11千社。ここに送られたアンケートで回収された6,021社から医療業865社を差し引いた5,156社が分析の対象になった。

そこで、分析結果であるが、図表1では経営理念の有無の構成比が55%対45%であるから、多少の差はあるものの、「優良企業」であることと経営理念の有無は、一次的には、無関係なのかと読める。ところが、それぞれの平均経常利益を見れば49百万円と29百万円であるから、1.7倍の差がある。こうなると、経営理念の有無などどうでも良いというわけにはいかなくなる。

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図表1 理念と利益の相関度

 

なぜ、利益額にこれだけの差が出るのかと思い、事業規模別(ここでは売上)、経常利益額別に経営理念の有無の比率を見ると、売上が大きいほど、利益が大きいほど、「経営理念あり」の比率が高いことがわかる。

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図表2 経営理念と事業規模・利益

 

この二つのデータから、経営理念と事業規模・利益には正の相関(比例的な関係)があることがわかる。100社や200社ではない、5,000社を超える膨大なデータからの分析結果であることを念頭に置いていただきたい。

ところで、理念と業績には相関度が高いということは、こうした分析から言うことができても、なぜ、そうなのかはデータからは出てこない――ある程度はデータの詳細分析から成功モデルがイメージできるのだが――。そこから先は理論の役割である。研究者の経験と洞察をもって説得的な論理展開ができ、これを聞く者が納得すれば、それなりの研究となる。紙幅の関係で省略するが、「経営理念のシミュレーション・モデル」というタイトルで、その論理の展開をつくった。興味がおありなら、既述の『理念が独自性を生む』を読んでいただきたい。

 

人間の成熟と経営理念

さて、中堅・中小企業の世界では今や二代目、三代目経営者の時代である。このような話を講演すると、経営者は必死にメモをとっている。そして、次の図表3を示すと、その表情に納得の色が現われる。これは経営理念の形成時期と利益の関係を示したものである。

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図表3 経営理念と事業規模・利益

 

経営理念は創業時につくるというのが常識だろうし、データもそれを裏付けているが、11~20年の間に理念を形成した企業が最も高い利益を出している。その意味付けである。

要点だけを述べれば、第一に理念にも質というものがあることが窺われ、重い、密度の濃い理念もあれば、「仮置き」のような理念もあるということで、10年以上の時間をかけて形成した濃い経営理念を有する企業は利益も高いとの仮説が可能なことである。繰り返しになるが、その論理の展開を『理念が独自性を生む』で、理念の独自性→事業の着眼点の独自性→製品・サービスの独自性→ブランド形成→高収益と示した。

第二に理念形成と時間の関係であるが、理念が経営者の人間としての成熟の表裏の関係にあることである。言い換えれば、理念形成に時間がかかるとは人間の成熟に時間がかかるということだ。事例として松下幸之助や稲盛和夫の話をする。天才経営者でも10年以上の時間がかかるとすれば――稲盛氏の場合は追加説明が要るのだが――、講演を聞く経営者は、自分が試行錯誤、暗中模索していてもおかしくはない。むしろ当然なのだと安心し、勇気づけられるようだ。そして、理念形成に時間がかかるという事実は、図表1の「検討中」の20%は「経営理念あり」に分類されるべきだとなり、そうすれば「優良企業」の75%が「経営理念あり」として、理解されるべきだということになる。