経営学と実務(2)~経営学とイノベーション~

「経営学と実務」シリーズ第1回は「人間学」について触れた。人間のあらゆる営みの根底にあって、その成否を分ける人間的要素の重要性である。経営における人間的要素は、一次的に経営理念として表現され利益との相関度は高い、と。今回はその利益に直結する、経営戦略の核心たるイノベーションについて言及したい。

 

例えば、アベノミクス「3本の矢」政策の成否

イノベーションは「技術革新」と訳される。もともとは「新結合」という広い概念で、大きく新製品の開発、新事業の創造、新しいビジネスモデルの構築等ととらえて良い。これがいかに重要なテーマかは、次のようなことを考えればよくわかる。

以前にも書いたが、アベノミクスの「3本の矢」とは、「超」金融緩和、公共投資、成長戦略であるが、この政策の成否は、金融緩和と公共投資が実体経済を刺激して、経済成長に向かわせ得るかどうかにある。ところが肝心の実体経済回復策が「絵に描いた餅」なのだ。内閣府のホームページには100を超える具体的な項目があるのだが、そのような総花的政策メニューで20年を超える経済の閉塞状態が突き破れるなら、デフレも「失われた20年」もなかっただろうと思う。

しかも、金融緩和されたお金が実体経済に回らなかったら、その額が半端ではないだけに――GDP500兆円の時代にマネタリーベース(現金と預金等)を2年間で140兆円増やし、その7割相当の新規発行国債100兆円を日銀が引受ける。2013年8月末日で日本銀行のバランスシート残高が200兆円を超えたが、その8割を国債が占めている――、ハイパーインフレ発生の恐れがある。

日本経済の本当の難しさはそこにあり、問題の核心はお金がないのではなく、お金を投資するビジネスがないことが問題なのだ。だから、余ったお金が危険な――結果はゼロサムの――デリバティブ等の裁定取引(利鞘稼ぎ)に向かい、いろいろな組織の過去の膨大な蓄積を瞬時に失わせる。

 

GDPと付加価値

そのような観点から、経営を見ればどうなるか。マクロ経済の最重要の指標たるGDP(国内総生産)はすべての企業の付加価値の総和である。ということは、個々のミクロ企業の付加価値(=売上-外部購入費)の増加こそが経済政策の焦点だが、その付加価値の増加策が出尽くしているというのが現状なのだ。この閉塞状況をうち破る思想と行動がイノベーションである。

こうした文脈からすれば、まずは新たな付加価値の増加策――新製品開発であれ、新事業創造であれ、新ビジネスモデルの構築であれ――が着想され、そこに資本が投下されて初めて、GDPの増加につながる。要点は、初めに企業家ありきで、お金は二の次、三の次なのだ。

政治や行政の限界は、法律を作り予算を付ければ仕事が終ったと思うところにある。本当は、その政策を担うノウハウの存在こそが問われるのだが、ノウハウすなわち人材で、人材教育に時間がかかるところにつらさがある。

 

特許の経験

冒頭に書いたようにイノベーションこそが経営戦略の要点なのだが、この概念を創造した経済学者のJ・Aシュンペーターは新製品の開発、新生産方式の開発、新販売ルートの開拓、新購買ルートの開拓、市場での新たな地位の創造というイノベーションの五つのタイプを示した。これは1913年、今から100年前に刊行された『経済発展の理論』に書かれており、彼の29歳の時の著作だが、今でも古びない古典的メッセージとなっている。

さて、少し具体的な話をすべきだろう。私のささやかなイノベーションの経験を述べたい。2011年4月に特許を取得した(正確には、特許権者は株式会社TKCで、私は発明者)。いわゆるビジネスモデル特許で、わかりやすく言えば「高収益・不採算要因判別プログラム・ソフト」である。同業との決算データの比較によって、高収益要因あるいは不採算要因がわかる計算モデルを考案したものだ。
高収益要因は五つで、高製品力(高く売れる。例えばブランド)、外部購入費安(安い仕入あるいは低い材料費率)、高生産性(事業規模に比して多く作れる・売れる)――以上が既述の付加価値を増やす三つの要因――、後が人件費安と固定経費安で(不採算要因はこれを裏から見ればよい)、中小企業と大企業を問わないモデルとなっている。
こうした発明なり発見なりがビジネスにどう展開するか、ここがイノベーションの核心なのだが、そのステップを、経験を思い出しながら整理する。

 

①基礎研究

2002年、私は既述の(株)TKC(東証一部上場)との産学連携の研究を実施した。結果を『収益結晶化理論 TKC経営指標における「優良企業」の研究』(2003年ダイヤモンド社)にまとめた。同時に、2003年3月、同書第2章で展開した高収益・不採算要因の判別計算式を内容とするプログラムソフトを特許申請した(特願2003-079159)。

 

②特許取得

特許が認められたのは8年後の2011年。長すぎる審査期間であるが、特許審査には3ステップあり、2回の拒絶のあとに「拒絶査定不服審判請求」なる3回目のチャンスがあり、ここで特許庁サイドは「審査官」から「審判官」に代わり、かつ3名の合議判断となる。ここで「原査定を取り消す。本願の発明は特許すべきものとする」(原文)となった(2011年4月15日登録。特許第4722381号)。

 

③イノベーションの着想

特許という知的財産とビジネスを結びつけるものが要る。これが新結合だ。江上君をはじめとする(株)電通国際情報サービスの金融ソリューション事業部のメンバーとの出会いがあった。天の配剤というべきか、特許登録の直後、2011年6月のことである。初対面で2時間話した。彼は金融業界の戦略的革新のための知的武装を探求していたが、先の特許を含む私のノウハウをコンピュータ・ソフトとして提供するビジネスの可能性を提案してきた。金融業界では財務分析は基礎的手法であるが、これと経営を有機的、構造的に結びつけて理解するという必須の手法が、80年代後半のバブル期以降、蒸発しているという強烈な問題意識があった。

 

④製品開発

その後、議論すること10回。2011年12月に地銀等4行を糾合し、私を座長とする「バリューチェーンファイナンス研究会」という検討組織を立ち上げ、都合5回の研究会でソフトのベースとなる「コンサルティングシート」をつくった(2012年4月)。

 

⑤事業連携体制の構築

このソフトの想定ユーザーは金融業界だけではなく、税理士業界も考えられる。どちらも財務・会計と経営を結びつけながら分析等、業務を行なうという共通の性格がある。ベースとなるソフト開発の目処が立ったところで、TKCと電通国際情報サービスのサービス開始後の細かな分担を取り決める。私も含め、最終的な3者の契約が終了したのは2013年9月である。「コンサルティングシート」などを出力するために開発されたソフトは「VCF財務経営力診断サービス」という名称になった。

 

⑥販売

「VCF財務経営力診断サービス」のサービス営業活動は2013年8月から開始され中も続けられているが、ホームページの立ち上げ(vcf-info.com)、江上君が上梓した書籍「バリューチェーンファイナンス」が出版されるなど等の販促活動が普及への動きがここに来て、具体的な形になってきた。
あとは販売の実績をつくるだけで、ソフトの有用性が評価され、ユーザーに浸透していけば、ここで無から有が生まれ、雇用が生まれ、利益が生まれる。これがイノベーションだ。

 

産業・雇用の空洞化に手をつけよ

さて、冒頭のイノベーションの話に戻れば、ミクロ企業の付加価値増加の具体的な手法が要る。かけ声ばかりが目立つのだが、それは極めて地道なもので、主役たる企業家を支援する金融と税務会計領域を対象に私はひとつの答を出したと思っている。
他方で、政治と行政の役割は、経済活動の構造的要因にメスを入れるということで、ひとつの流れは小泉内閣に代表される「規制緩和」だった。現在はもうひとつのテーマがあると思う。1980年代後半から90年代にかけての円高を機に激しくなった企業の海外移転だ。結果、雇用の空洞化が生まれた。高校・大学を問わず、新卒者の3分の1が正社員になれない時代となっている。ここで、税制面での優遇策等で企業の国内回帰を増やすという施策に、本気で取り組む時期に来ていると思う。