なぜ私にはあんなことができたのだろうか? ~気仙沼で出会ったふたつのストーリー~

「なぜ私にはあんなことができたのだろうか?」

そんなふうに振り返ることが出来る経験をみなさんはもっていますか?

自分にはまさかできるわけがないと思っていた仕事に取り組んで、成功をおさめたこと。ひらめきやアイデアなど持っていないと思っていた自分が、いつしかイノベーションや改革をなしとげたことなど。

 

先日、自分では想像しえなかったことを実現してしまうということが、本当に誰にでも起こりうるのだ、と思い知らされる出来事があった。それは、 3月に東北の気仙沼に出かけた2日間に出会った、ジャムメーカーとバッティングセンターのふたつのストーリーである。

 

ひとつめは、ピースジャムというNPO法人のストーリー。気仙沼でブルースバー「ルードジャム」のマスターをしていた佐藤賢さんは、被災により店も自宅を失ったが、行政などの支援体制が整う前に、紙おむつや粉ミルクなど物資配布を仲間とともに始める。佐藤さんの心のなかにあったのは、ひとりの親である自分として感じた「とにかく赤ちゃんのおなかは減らしてはいけない」という強い意志であった。

 

佐藤さんはさらに、2011年10月から子供を抱えているため仕事に就けない被災地の母親たちの現実を知り、母親たちを雇用して有機野菜を使ったジャム作りの事業を立ち上げる。この活動が評価されて、佐藤氏は2012年11月には、フランスで開催されている第5回 インターナショナル・マイクロフィナンス賞を日本人として初めて受賞する。被災地支援を行う公益社団法人シビックフォースはピースジャムを支援している団体のひとつであり、私はこの団体からの依頼で、NPO法人化したピースジャムに対して、1年ほど前から事業計画作りのお手伝いをさせていただいている。5月には、託児所とジャム製造施設を兼ねた工房が完成する予定だ。

 

今回の訪問では、そのピースジャム佐藤さんやスタッフの方々と、昼夜を通して語り合う時間があった。工房の完成を前に「これまでの活動にかけてきた思いや、葛藤を聞かせてほしい」と私がなげかけたからだ。

 

そのときに、佐藤さんから聴いた言葉は以外なものだった。「本当はコミュニケーションが苦手なんだ」「自分は立派な人間でもなんでもない、クズみたいなもんだよ」。

 

その熱い人間性でまわりのひとたちを巻き込み、草の根からの被災者支援活動のうねりを作り出してきた佐藤さんに対してカリスマ性さえ感じていた私は、その言葉に驚きを隠せなかった。しかし、そのあと佐藤さんはこうもいった。「(活動をしているときは)コミュニケーションが苦手なんだってことは、どうでもよくなるんだよね」

ピースジャム 佐藤さん(左)と建設中の工房にて

 

ふたつめは、気仙沼で牛乳販売店を営む千葉清英さんのストーリー。3年前の震災による津波で、妻と娘、義父母の家族、親類など7人を亡くした。唯一無事だった野球が大好きな一人息子がいった「気仙沼にもバッティングセンターがあるといいね」という言葉が千葉さんの胸に響く。千葉さんは地元の子供たちに笑顔を届けるために本当に「やってみよう」と決意をした。そこには11年前に関東から移り住んだ気仙沼への恩返しという強い思いもあった。建設費用を捻出するために、仮設商店街に構える店舗で「希望の飲むヨーグルト」を販売した。そして、千葉さんの何が何でも建てようという思いが、地域の仲間や、金融機関を巻き込み、全国から多くの寄付や協力の支援が集まった。

 

そのバッティングセンターが3月30日にオーブンした。その名も不死鳥をあらわす「フェニックスバッティングセンター」。会場には、王貞治さんや三浦雄一郎さんなど著名人の直筆のお祝いメッセージがかかげられていた。

 

ピースジャムもバッティングセンターに商品であるジャムを無料配布するという協力をしており、私も佐藤さんとともに開所式のイベントに参加した。ご挨拶にたった千葉さんは、被災後の苦しみのなかで「はじめないことには、はじまらない」との思いの丈を話しておられた。

 

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 ピースジャム 佐藤さん(右)とともに千葉さんのフェニックスバッティングセンターにて

 

「ピースジャム」と「フェニックスバッティングセンター」、やりたいと決めたことを本当に始めてしまったひとたちの二つのストーリーが交錯する場所にたちあいながら、私は人間が持つ可能性について深く考えさせられていた。何かをしようとするとき、「自分にはこんなことができるだろうか」という不安や戸惑いを抱えながら、だれもが生きている。それは、私たちと同じように、佐藤さん、千葉さんにもあったものだろう。しかし、誰かのために成し遂げたい将来のイメージがくっきりと浮かび上がったときに、自分のなかにある不安や戸惑いなどはどうでもよいものになっていく。イノベーションといわれるものはそうやって起きていくものなんだと思う。それは誰の身にも起こりうる。あなたにも、私にも。

 

オープンしたバッティングセンターで早速練習を始めた子供たちがマスコミのインタビューに応えていた、「将来はプロ野球選手になりたいです!」。そういえば、私も子供のころはそんな夢を語っていた気がする。