金融規制とシステム思考

金融庁の森長官が、2016年4月13日に「国際スワップ・デリバティブ協会」で行った「静的な規制から動的な監督へ」という講演に知的好奇心がそそられています。金融規制というと、専門領域で関心が薄いというかたもいらっしゃるかもしれませんが、私が好奇心を寄せているのは、細かい技術的なところではないので、以下を読み進めていただければ幸いです。

 

私なりに解釈したこの講演の要点を説明します。詳しくは、その講演録が金融庁から公開されていますので、そちらを参照いただければと思います。

 


 

現実の世界では以下の「AからGまでの視点」にあるように、相互作用や依存関係が存在している。したがって、部分均衡的な分析だけで政策を構築するやり方は危険がある。

 

・Aggregate 金融規制は政策の複合的な影響を与えあう「総体を捉える」必要がある
・Behavioral 規制の導入により、銀行は「異なる行動を始める」可能性がある
・Cross-sectoral 銀行規制は様々な形で、「資本市場に影響を与える」可能性がある
・Dynamic 銀行のリスクテイク行動の変化は実体経済などに「動的な影響を与える」
・Ecosystem 金融システムは全体に影響が出る「複雑な生態系」のようなものである
・Feedback loop 金融システムには、自分の行動が自分に帰ってくる「フィードバック・ループ」が存在している
・General equilibrium したがって、金融規制においては市場全体における「一般均衡」が求められる

 

現在の銀行の自己資本比率規制にあるような、直近のバランスシートに着目した静的な規制は、以下の3つの理由により限界がある。
・規制には効果だけではなく、副作用を生む場合がある。規制の設計・実施には、修正を伴うPDCAサイクルが必要である。
・銀行の健全性は、バランスシートの一時点の状況だけで捉えられるものではなく、銀行と市場の間の動態的な相互作用の上に成り立つものである
・一律のルールを適用する「規制」は、一時点の静態的な健全性に焦点を当てがちであり、これが規制の裁定行為や歪みを生みやすい面がある

 

これらを踏まえて、金融規制は持続可能なビジネスモデルを踏まえ、以下の次の3つの関係に注意した、「静態的な規制が中心の枠組みから、動態的な監督に補われた枠組みへの転換」を金融庁の目指す方向性として示したい
・銀行のリスクテイクと収益と自己資本の三つの間の関係
・銀行と、資本市場や実体経済との間の関係
・銀行と顧客の間の関係

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森長官が意識しているかどうかは定かではありませんが、この講演では多くの部分において「システム思考」のアプローチが織り込まれています。実際に「フィードバック・ループ」や「ダイナミック」といった、システム思考の手法のなかでよく用いられる言葉が使われています。

「システム思考」とは、「見えている部分だけではなく、要素のつながりをたどって、全体の構造をみることで解決策をみつけだそうとする考え方」です。よく、みなさんがお仕事などでも「個別最適ではなく全体最適を考えろ」だとか、「木ではなく、森をみよ」などといわれたことがあるかもしれません。システム思考でも同じように視座を高くして、自分を含む世界の全体を「つながりでとらえる」というアプローチが重視されます。システム思考について、詳しくしりたいかたは、文献や紹介されているサイトなどをあたってみてください。
システム思考では、ここに時間軸の視点も入ります。いわば「昨日の解決策が今日の問題を生む」という現象も表現します。たとえば、地域活性化を期待される新幹線が開通したが、大都市資本の飲食店などの誘致が進み、地元資本の企業が予期せず衰退していくというような現象もこれにあたります。
システム思考では、時間軸を加味した要素間の影響を表現する「ループ図」というツールがよく用いられます。そこで、私なりに現在の金融システムの状況をざっくりと表現してみました。

このループ図では矢印が円になって、ぐるっともどってきているところが何箇所かありますが、これがまさに森長官がのべていたところの「フィードバック・ループ」をループ図で表現した部分になります。

 

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「フィードバック・ループ」には、変化がより増幅していく「自己強化ループ」と、ある傾向がいきすぎるとどこかでブレーキが働くような「バランスループ」の二種類があります。これは、どこの社会や経済でもおきていることでもあります。金融システムでおきていることをみていきましょう。いつかのバブルの時代のように銀行には貸出機会を増やしてリスクをとりにいく行動を強めていった「自己強化ループ」が存在していました。また、これに併行して金融規制がブレーキとして働いていった「バランスループ」が働いたのは2000年代を中心とした金融行政の流れでした。さらに、今日のように地域の資金需要が低迷しそのことが、逆にマイナスの「自己強化ループ」となって働いた時代をわれわれは経験しています。そして、今度は地域社会の期待とバンカーの危機意識がスイッチとなってイノベーションによって顧客期待にこたえていこうとする「バランスループ」が生まれようとしています。

これはひとつの解釈に過ぎませんが、このような図を作成する目的は「あ~そうだったんだ~」というように、自分を含めたステークホルダーが、複雑な関係性のなかにいる部分に過ぎないことに気づきを得ることです。そして、そこから新たなリーダーとしての行動に踏み出すきっかけとすることでもあります。

 

森長官はそのリーダーのひとりなのでしょう。金融規制において、このようなアプローチが生まれてきた背景にあるものは、われわれ金融の環境をとりまいている生態系が複雑でダイナミックであり、全体をとらえることができないばかりか、予測することさえが困難である、そんな世界にわれわれは生きているということへの社会からの気づかせです。それが稀有なリーダーシップをもつ森長官の声をとおして発せられたのだと思います。
そして、それぞれの個人・組織が利己にのみを基準にして行動すれば、その大切にしている自己の利益さえ失われてしまう可能性があるということへの警鐘なのだとも感じます。